恋する萬葉集が3次元に 

 9月6日から29日に個展を開く準備をしています。「わたしとドイツと時々万葉集」というちょっと欲張りなタイトル。今回は、恒例の新聞連載の原画のほかに、ドイツの旅行記も展示します。

 そして、9月20,21日「ライブ 万葉に遊ぶ~戀~」というお芝居も4回公演で開催します。

恋の歌を地元の俳優さんたちとヴァイオリニストが織りなすもので、私は、案内人として登場します。

 昨日は、第一回めの稽古がありました。1か月以上前から、万葉集歌を選び、脚本を練って、台本を作ってきて、はじめての「読み」稽古。

 歌の心情や、解釈を最初に私が二人の俳優さんたちに解説して、気持ちを読み取っていただきました。

 さて、いざ、本読みにはいると、もう鳥肌がたってしまいました。

だって、役者がずごいいいかっこいい!おなかの底から言葉がでてきて、いきなり恋人同士なってしまう役者。いままで、2次元で原稿書いていたわたしは、現実に現れた万葉人に圧倒されてしまいました。

 お衣装や小道具が少しずつ準備されてきて、これから、音が入るとますます現実味を帯びて形になっていく万葉集。

 期間中は、万葉集の時代の食材をつかった、「万葉美人ランチ」を天才シェフのMr.ジョアンが考案してくださることになっています。

 絵と和歌、エッセイに、お芝居、音楽、そしてお料理。芸術のコラボレーションがこの秋、盛岡に誕生します。

 いままで、一人でもくもくと書物と仕事をしていたわたしは、わくわくしながら、いろいろな分野の人たちとアート作品を作り上げる楽しさを今、味わっています。

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僕の映画人生の第一位

 月に2本は、子どもと映画に行く我が家。今月は、先に父息子組で、三谷監督作品映画「ザ、マジックアワー」を見に行ったら、もう息子が「僕の映画人生の中で(って10年だけど)最高におもしろい!」と帰ってきた。「絶対見に行くべき。行かないと人生後悔する」とまで言われ、それでは、と中学生の娘とでかけた。

 今までの映画でハズレたことのない三谷作品だから、絶対面白いはずと最初から期待いっぱい。

でも、始まってふいに「観客は甘くはないぞ。」という言葉がよぎる。

今度、私の「恋する萬葉集」をお芝居にする企画の打ち合わせ中に、俳優さんが言った言葉。

目が肥えている観客、笑いに慎重な東北人、雰囲気だけじゃあだめなんだよ。

 でも、さすが三谷映画。いかにも映画のセットというのを逆手に取った演出、だます人、だまされる人の両方を第三者である観客がわかってでる笑いの読み。そして、2展3展する女心。伏線の複線。愛すべき三文役者とスタッフたち。

「人生あきらめちゃいけないよ」

という使い古されているけど、常に観る者に新鮮なメッセージ。

 かつて、私の弟が、森崎東監督の「生きているうちが花よ 死んだらそれまでよ宣言」に高校生の時出演して以来、数本の映画に俳優や、スタッフで関わってきた。「映画人」のこだわりや、裏話(高倉健や、松田勇作の素顔なんかも)聞いて知っていた故に、2重に楽しめた。

 「ぜったいママは、大声で笑うから、席を離して取ってよ。」と娘に言われてそうして正解。市川亀次郎が出てきたとき、すっごいなつかしくってうれしくて、大声で笑ってしまった。だって、私が猿之助一座でお父さんの団四郎さんの付き人していたとき、まだ、小学生で、コイン集めに夢中だった子供だったもの。

 「やっぱりママ、他の人と笑いがずれてるし、声大きかったよ。離れてよかった、他人のふりできて」と終演後に、娘に言われた。

  

 

 

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朝の地震と桜城小学校の講座

2008614  2008年6月14日朝8時半過ぎ、ゴゴーという地鳴りと、雉や小鳥の騒がしい鳴き声とが聞こえると、がたがたと家が揺れ始めた。地震だ!すぐに治まるかな?と思ったが、どんどん大きく揺れてくるので、とりあえず机の下に入る。我が家は本がやたら多いし、本棚もいっぱいなので、もし、倒れてきたらどうなるかと、ひやひやするが、心のどこかで、そのうちきっと治まるでしょう、たいしたことないよ、と思っていた。

 しばらくして、治まるが、余震がありそうなので、さて、どうしようかと思う。飾棚の人形や、柱にさしておいた吊ものの楽器が落っこちた程度。積んでおいた本も崩れたが、まず大丈夫。震度4くらいかな。とりあえず被害はないことに、ほっとする。ただ、今日は、これから、盛岡市立桜城小学校で、「古典に親しもう」という講座がある。

 何日も前から、ご準備いただいて、また、楽しみにしている子供たちもいるから、中止にするわけにはいかない。でも、天災ならば仕方がないし、と思っていると、お迎えがきた。

 小学校の体育館には、5年生全員と父母の方々100名ほどが集まっていた。先生が地震の注意事項をお話しなさっている。もし、また揺れがひどくなったら、非難することと。

不安な表情の子供たち。揺れたらしょうがないけど、それまでは、楽しくやろうと講座を始める。

「今日は何時に起きたかな?並んでみよう。」 「今までどこか遠くに行ったことあるかな?

盛岡にしかいない子はここ、もっと遠くに行ったことがある子はあっちへ、並んでみよう。」

子どもたちは、相談しながら、一列に並ぶ。お母さんたちも並ぶ。実は、この小学校は、盛岡中心部で、転勤族が多い地域。名古屋も、大阪も、広島も、九州も、沖縄も、北海道も、ハワイやブラジルまでいた。

 さて、今から1300年前、奈良時代の人は、何時に起きていたか、遠くはどこまでいったか?外国ってどこの国と思っていたか?とお話をして導入。

 万葉集の替え歌や、古今著聞集の素話枕草子のちょーむかつくことってどんなこと、枕言葉の連想ゲームや、落語のセリフ合唱などして遊ぶ。子供たちは、どんどん話をしてくるし、質問に答えてくれて、大きな声で、和歌を読んだり、落語の絵本に笑ったりしてのりのり。最後は、「まんじゅう怖い」の落語絵本読み聞かせの後に、盛岡名物ぶちょうほうまんじゅうもいただいて、ご機嫌。

 わたしも、しばし、古典の世界で子どもと遊び、お口の中には、まんじゅうの甘い黒蜜で浸されて、ご機嫌の時間でした。

 桜城小学校のPTAや、先生方がたにも大感謝!どうもありがとう。それから、そのあとのひどい揺れもなくてほんとよかったです。

(岩手日報の新聞記事)→ http://www.iwate-np.co.jp/school/school-n/200806/s200806151.html 

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これからの6月予定

・6/11(水)9:00~盛岡市保健所1.6歳児健診 絵本読み聞かせ

・6/14(土)9:30~盛岡市立桜木小学校5年生親子レク

             「ちはやさんと古典を遊ぼう!」講座

・6/15(日)14:00~虹色の部屋 変わり白玉団子作り プラザおでって5F

・6/19(木)10:00~岩手県立図書館にて 絵本勉強会がらがらどん

・6/20(金)10:00~盛岡市津志田保育園 親子で伝承遊び講座 講師

・6/26(木)10:00~盛岡市立図書館 読み聞かせボランティア養成講座① 講師

 恋する萬葉集の掲載日)3日・17日(火)岩手日報夕刊

速報予告!! 今年秋9月6日~29日 盛岡市ギャラリー喫茶シャトンにて、

「桜川ちはや個展 私とドイツと時々万葉集」開催予定。

そして、今回は9月20,21日両日地元の俳優や音楽家たちと「恋する萬葉集のお芝居」も予定しています!乞うご期待!!

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秋田ガザエビから世界をみる

 日本人がエビを食べすぎるから、インドネシアのマングローブの森を破壊し、養殖の抗生物質で海を汚染し、現地の人々の健康を害し、経済格差を広げていると、アジア経済の本で読んでから、私は、できるでけ国産の買うようにしている。

 Photo 岩手では、国産のちっちゃなアミエビ、ヌマエビ、サクラエビなど手に入るが、先週行った秋田市内の市民市場で、ガザエビを見つけて歓喜。ずっと以前に、石川県の輪島半島朝市でこのエビを手に入れ、朝食にお刺身でいただいたことがある。10~5㎝ほどの大きめのエビ。

 秋田の魚屋さんにきけば、そのままお刺身もいいけど、殻がうまいから、素焼か、唐揚げがいいとのこと。新幹線で急いで帰って早速調理。

 Photo_2お刺身は、甘エビみたい。トロリと甘く、味噌も卵もあって美味。そして、殻つきで揚げたものは、殻ごと全部いただけて、ほんのり甘くてお塩だけで最高。お刺身で残ったガラも素揚げにしていただいてしまったくらい。

香港でとれたてゆでたてのエビ大皿山盛り、オイスターソースにつけて、チンタオビール飲みながらひたすらいただいたことがある。そのおいしかったこと。それを思い出しながら、秋田限定販売の「冬樹」純米大吟醸に酔いしれる晩酌。

 そういえば、子どもの頃、母が時々シャコをドーンと買ってきて大なべいっぱいのゆでたのを手を傷だらけにしながら、殻から身を取り出し、家族で食べた。先日行った平泉では、ヌマエビをお餅に合えて出してくれた。エビと言えば、ブラックタイガーの海老フライという常識になってしまったけど、「えびふりゃー」と名古屋弁で言われるけれど、実は愛知の知多半島では、えびせんべい産地。昔は、国産エビがたくさんとれたという。だから、国産エビ料理はポピュラーな食べ物だった。

 アミエビの卵焼き、ヌマエビのかき揚げ、サクラエビのお餅和えなど国産エビの魅力はいっぱい。

 調子に乗って、翌日、子どものお弁当に、ガザエビの頭の唐揚げを入れたら「そんなの食うの?」と友達に言われたと息子が帰宅してぼやいた。「美味しかったでしょ?」と聞くと、「そうだけど、うちの弁当ってちょっと変。」!?

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アトリエの緑

            2008_008_2「 植物が芽を出すために 絶対必要なのはどれでしょう?

日光・水・適当な温度・土・空気・肥料 」 

 ある夕食時の息子の質問。

 「モヤシは、おひさまがなくてもいいから、水と適当な温度かな?」

正解でした。

竹は、4年~6年地面に根をはわせ、しっかりと大地に張り巡らせた根をもって、初めて、芽をだすという。

 4年前に、アトリエの窓の下に移植された黒竹。小さいままで、ちっとも新しい芽が出なかったのに、昨年、いきなりにょきにょきとたくさんの芽が出て、今、窓辺を覆っている。あっと言う間にひと夏で何倍にも大きくなった竹。

 ひとの成長と合わせて思うことは、子ども時代はゆっくり、確実に根を張って、ようやく才能がめざめるもの。親は早く目の前の成長を実感したいために、あれこれ早期教育したがる。でも、それは、目に見えない「根」の成長がわかっていない。

 大器晩成といって、なかなか才能が出ないまま、下積みで終わる、俳優や、絵描きやダンサーや作家たちに、何人もあってきたけれど、話してみると、妬みみひがみでひねくれてしまった人もいるけれど、中には、人間的に素敵な人もいる。

 優勝、受賞、獲得したタイトルといった、他者に評価されるものだけではない、凡人のなかにある人の一生としてのすばらしさに、年を重ねてようやく気が付き始めた。

 根をしっかり張り巡らせる環境を作ること。そしてゆっくり見守ること。それが、親の役割、大人の役割だと思う。

 

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サバンナの生きる力

 今、教育界では、「生きる力」をつけることが学校指導要綱に明記されている。「生きる力」って、いったい何?「生きがいを持つこと」「想像力をもって学校で学んだことを応用していくこと」「情報を選択して自分に合ったものを暮らしに役立てること」「就労の意味を知ってやりがいのある仕事に就くこと」などなど・・・。不登校、中退、引きこもり、自傷行為、自殺とマイナスに働く気持ちが引き起こす子供たちの諸問題。その糸口を生きる力に見出そうと大人たちは必死になっている。

 でも、私は、まずは、生きる力は「自分で食ってくことと、真剣に人を好きになること」だと思う。自分で働いたお金で食料を買えと言っているのではない。生き物は、食べて、息をしなければ死んでしまう。獣医の知人が、「どうして、動物たちの姿をみていると感動するかって、それは、食うこと・子孫を残すことに命懸けだから。ヒトは、それを最優先しなくなって、破滅の一途をたどっているのだから。」といっていた。

 先日アフリカサバンナで野生動物の撮影をしている岩手の写真家の阿倍さんの講演会をきいた。そのなかで、

チーターは、オスは交尾が終われば、どっかへ行ってしまって、子育ては、母親だけでする。狩りをして、肉を食べ乳を飲ませることが最大の仕事。

ライオンは惚れたメスには従順。出産して、しばらくは孤独に、母親が狩りをして乳を飲ませる子育てだが、オスが認知したら、グループに入り、集団で狩りも、育児も行う。

ヒョーは、惚れたメスに子供がいて、子育て中ならば、まず、その子供を殺してしまう。そして、子を亡くしあきらめたメスはそのオスと交尾し、メスはまた子育てを始める。

ヌーは、出産の時期を一斉に合わせて妊娠する。出産している最中に、肉食動物たちに襲われて、新生児を食べられることが多く、襲う選択肢を多くすれば、注意を散らせ、被害を最小限に食い止めることができるからという。 まだ、母親のお尻に後産の胎盤がぶら下がったままで、生まれたばかりの新生児が、ハイエナに襲われる様子が、映像で流された。

 出産したばかりのインパラは、まず新生児を草むらに隠して、出産後の体なのに、遠くまで駆けて行き、そこで派手に飛び跳ねて敵に「ここにいるよ~」と存在をアピールする。そして、こっそり戻って子どもに乳を飲ませる。

 移動で母親を見失い、探しているうちにライオンに襲われるヌーの子ども、草むらの陰で母の帰りを何時間もおなかをすかせてまっているヒョ-の子ら、子どもに狩りを見せるチーターの母親・・・。弱肉強食の世界は、生と死がまさに隣り合わせで、生きるため、育てるために殺し食う姿が、実はある意味、愛情に満ち溢れている

 便利さの追求のために、人間のエゴで地球温暖化を起こた私たちヒトは、彼らの土地を奪い、自然を破壊する。共存社会を歌う前に、食べることと、子孫を残していくことにもっとシンプルに真剣に向き合うべきだ。それが「生きる力」の教育に直接つながるはずだと、サバンナの子育てを知って実感した。

 

 

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お茶会のお手前で修行

Photo  久しぶりにお茶会でお手前をしました。練習やイメージトレーニングはしたはずなのに、やっぱり大勢の前でいざ始めると、間違ってしまい、落胆。

 この日は3回お手前をして、お運びは何度かしましたが、ちゃんとできたのは、最後の1回だけでした。お茶会は、お客様と、亭主のお話を聞きながら、次にどんなことをしていくのかを気配を感じながら、考え、行動しなければならないのに、なかなかタイミングがつかめずに、お話を中断してしまったり、「おしまいください」と言われる前に、道具をしまい始めてしまったり、棗と茶筅の置く位置がずれてしまったり・・・。

 手前座に座った瞬間、頭が真っ白にならないように、集中力を持って、間違っても堂々と落ち着いて。そう師匠に言われたことだけは、どうにか守り、転んだり、ぶつかったり、ひっくりかえしたりといった失敗はなかったのがせめてもの救いと自分を慰める。

 茶道は、ただお茶をいただくだけなのに、ややこやしい作法の手順やら、道具の扱いがあって、日本の伝統的な究極の「あそび」。お道具も、お菓子も、抹茶も高価で、質素な中に贅を尽くす。お茶会で、秀吉も信長も家康も、戦略を練り、利休はそのために命を落とした。

 そして、「道」というだけあって、終わりがない精神修行。お看板や免許をいただいても、常に続けいないと忘れしまう。年をとってもできる鍛練。茶道をされる方にボケずにしっかりとして、長寿の方が多いのは、なにもお抹茶にカテキンが多いからだけではない

 ああ、自分は、人間としてまだまだなんだなあと、未熟さを突きつけられたお茶会のお手前でした。

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虹色トークサロン

2008_043  アトリエ虹色で、この日開かれたトークサロンには、参加者5人プラス幼児。主に小学生の子供や幼児をもつ母親たち。学校の違いや、出身地の違いなどから会話がはずみます。実は、盛岡出身者は、2人のみ。私を含め、大阪、東京、名古屋、新潟、仙台などを、夫の転勤とともに渡り歩いて、出産、子育てをしてきた女性たち。以前のトークサロンでは、4人のお子さんの生まれた国が全部違うというつわものもいた。虹色トークサロンは、そんな女性の情報交換の場でもある。本日のお茶は、ドイツのチェリーフレーバーノルイボスティーと、ちはや特製おからのフルーツケーキ。

 今回は、6月の盛岡市立桜木小学校で小学5年生の親レクの依頼を受けて、こんなことしたい、こんなことできるといったお話し合いもあり。古典文学や、落語絵本から、日本文化と読書推進、そして、盛岡の団子についてのお話も盛り込むことになる。

 それから、お楽しみ持ち寄りランチタイム。ロールキャベツ・キノコと野菜のキッシュ・手作りパン・カボチャケーキなど続々ごちそうが集まる。私は、きび粉入りのヤサイビザと、ドイツの無農薬ハーブティー。小さいお子さんがいるにもかかわらず、手の込んだお料理にびっくり。そしてみんな美味しい!。お互いにレシピをチェック。

 最近の家族の様子や、友人の近況などなどいろいろおしゃべりしながら、楽しいランチタイム。転勤族の妻たちは、「無垢材をふんだんに使った一戸建てって、落ち着いていいね。なんだか癒されました」と。新しい土地で、一から人間関係を作り上げていく彼女たちのバイタリティーに脱帽。私よりも東北の温泉にいっぱい浸かっているとか。

 ケータイ電話やパソコンメールののコミュニケーションより、こんな人と人との出会いが暖かくて大切に思いました。できればこんな時間がたくさん持てたら素敵ですよね。

 

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万葉歌木簡の新聞記事

 初めて見つかった万葉集の和歌の木簡。744年ころの紫香楽宮出土木簡資料の中で訓読みの「安積山(あさかやま)」が、一字一音の「阿佐可夜麻」と表記されていた! しかも、「難波津に咲くやこの花」の歌と一緒にあった。

 これはすごいぞ。どういうことかって、一字一音の万葉仮名の確立は、ずっと後だと言われ、905年の古今和歌集仮名序にこの2首が「歌の父母のように初めに習う歌」と書かれている。こんなむかしから、セットであったということは、万葉人の手習いにもなっていたってこと。

 少ない資料で、謎解きをする奈良時代の万葉集研究。いろいろ憶測され、こねくりまわされ、たくさん学説も出る。でも、生きた現物資料がでたとなれば誰が何と言おうとゆるぎない事実。

 何でも燃えちゃう木造建築の日本で、1,300年前の文学資料が見つかるなんて奇跡。しかも10年前に発掘した木簡資料を何気に古代史研究者が、裏返したらでてきたなんて。フリーズドライ技術と赤外線さんありがとう。21世紀のみちのく岩手に住む私もみれたよ。そして、昨日(2008年5月22日)発表されてすぐにトップ記事にしてくれた毎日新聞報道記者のみなさんありがとう

 どうして、60.6センチの木簡に書かれたの?745年に難波宮から遷都して、たった5か月で、また平城京に遷都した紫香楽宮で、どうしてこれがあったの?どんなふうに使用されたの?なぜこの時代にこの歌が手習歌だったの?などなど謎と興味は深まるばかり。ますますこれから楽しい万葉研究になるでしょう。

 近々この歌で、私の新聞連載「恋する万葉集」を書いてみましょう。

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