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2009年2月

映画「ミーアキャット」でアフリカを見る

 万葉集の連載が終わってしまうので、ナーバスになっていて、コンビニに入って流れていた歌謡曲で、涙が出てきてしまった。こんな時は、元気を出さなきゃと映画を見に行く。

動物ドキュメンタリー映画「ミーアキャット」。

 アフリカのカラハリ砂漠の大平原の片隅で、穴を掘り、虫を捕り、子どもを産み、育て、必死で生きている彼ら。生まれた時は、7センチ。1年で30センチに成長するまで、生き延びられるのは、生まれた数の1/3程.

 灼熱の砂漠、壮大な空と大地アフリカ。キリンが、インパラが、イボイノシシが、カメが、ジリスがゆったりとうろつく。一方で、ライオンがゴマバラワシが、ケープコブラが陸、空、地からすきあらば襲ってくる危険。地球温暖化の旱魃。食べられるか、飢え死にするか。毎日が生きる戦い。

赤い土の中で折り重なって眠る愛くるしい姿。朝おひさまに向かってお腹を日光浴させる立ち姿。子どもがじゃれ遊び、好奇心いっぱいの表情。

 そして、両親が狩りに行っている間、幼い兄弟たちを守り、サソリの取り方、見張りの仕方を順番に教育していく兄。でも、子どもたちを守ってくれたいた兄が、目の前で、ワシに捕えられ、文字通りわしづかみにされて、空高く連れ去られても、現実を正面からしっかり受け止め、生きていく姿に胸がか熱くなった。

 けしてやらせのCGではなく、映像記録を編集して、一匹のミーヤキャットをコロという主人公にして、家族愛と冒険のストーリーを作り上げているのには、驚愕。

 全編を通して、どの動物も、繁殖すること、食べて生きること、家族を守ることに命をかける必死な姿に心が震えた。

動物園で、どうして、ミーアキャットはいつもたってどこかを見ているんだろう。と思っていた。それは、日光浴のほかに、敵を「見張る」姿と知る。パンフレットの遠くを見て後ろ脚と尻尾で立っている姿をかわいいと思ったが、鑑賞後は、真摯に生きる姿に畏敬を感じた。

 私も現実を受け止めて、しっかり前を向いて生きなきゃ!

 

 

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「恋する萬葉集」連載終了の悲しいお知らせ

2005年10月から始まりました岩手日報の「恋する萬葉集」ですが、企画変えのため、この3月で連載を終わることになりました。3年が新聞連載のマックスだそうです。

 長い間、ありがとうございました。実は、まだまだ原稿はあるので、続けられるのですが、そんなわけで、悲しいお知らせです。

今、長い恋愛の末、突然別れ話を持ちかけられて、失恋。ぽっかりと体に穴があいたような気分です。(涙)

そこで、ご感想や、要望など、ございましたら、ぜひ、岩手日報学芸部までお寄せください。

岩手日報 dokusya@iwate-np.co.jp
住所 020-8622 盛岡市内丸3-7 岩手日報社 学芸部
皆様どうぞよろしくお願いします。

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映画「旭山動物園物語」の動物たち

 動物園のサイの絵を描いた翌日、この映画を旭川出身の友人と見に行った。

作品全体で、人間のエゴで絶滅を余儀なくされていく動物の繁殖ほう助・行動展示・野生動物と飼育係との信頼と愛情の加減の難しさ・動物を育てることと人を育てるということのちがい・やればできるという熱意・リーダーの懐の深さと統率力などを描いている。

 野生では、強いものが生き残っていくが、人間世界では弱いものでも個性と認めて活かされていくことができる素晴らしさ

最後のシーンで印象に残った言葉。

 TVやDVD,写真集で見る成功して、立派になった旭山動物園は知っていたけれど、その前の閉園寸前のオンボロは、ほとんどの人は知らない。そこがたっぷり描かれていて興味深かった。

 旭川出身の友人は、旭川の街も、開園の時も知っているし、蛸の水飲み場もなつかしい。今は、天井のない開放的な展示になっているし、設備も整っていて、行動が生き生きと行動できる展示になっているから、そうは思わないけれど、当時はコンクリートゲージの檻展示を見て、なんて悲しい動物たちと思っていたという。

 園長、飼育係、役人、それを取り巻く人々の群像劇になっているが、柱は、人間と没交渉の昆虫好きのいじめられっこが、大人に成長していく物語。

 「やりたいことを自由にのびのびとさせていくことで、能力が開花され、周りの人へも好影響を与えていく」という、園長のリーダーとしての手腕を見せる。

 個人的に小菅園長とはお話したことがあるが、えらかろうがなんだろうが、ひとをひととして、平等に見ていく姿勢が、一貫していて、潔い方。それが、映画の中で現われていた。

 ひたすらスケッチしている飼育係が、絵本作家へと人生を変えていく姿。そして、その絵が、旭川や動物園ののイメージとして、車両やバスのデザインになり、大きく広告塔として生かされいく現実も希望があって楽しい。

 ゴリラの死や、じゃれついた象で死ぬ人は悲しいけれど、そこにいつでも真剣に命と対峙している姿をみて感動を覚える。

 映画を見ていて、思い出したが、私は、名古屋の東山動物園の近くで生まれ育った。毎日動物の鳴き声をBGMに赤ん坊の時過ごしたらしい。銭湯に連れて行って母を手伝って、私をお風呂に入れてくれたのは、飼育係の奥さんだった。

 そののち、引っ越した先は、愛知県犬山市の霊長類研究所のあるモンキーパークの近く。猿の声を聞いて高校時代を過ごした。

 そして、今、岩手県の盛岡市動物公園の近くに終の棲家を構え、動物園のポスターの絵を描く。

なんだか、みえない糸で動物園の動物がわたしの人生を繋いでくれている気がした。

映画の中の、動物の表情が、とにかくいい。生命の「気魄」がスクリーンからあふれ出る。妊娠中毒のための食事制限のチンパンジーの夫婦の表情、ゴリラの死後回想される在りし日の姿、ぞうや白クマや、ペンギンの姿などなど。

 ただ、映画のつくりとしては、ちょっと消化不良。園長が、定年で花束を持って園を去っていくシーンをあれだけエンディングでひっぱるならば、もっと園長の人物そのものにかかわる家庭や、柔道や、獣医の面をしっかり描くべき。飼育係の幼少時代を描いたならば、彼が男として成長していく部分も女性を絡めて描くべき。動物園反対の運動をしていた学生が、どうして飼育係になるのか、その葛藤も丁寧に知りたい。新市長がどうして乗り気になるのか、何憶円もの予算をあんなに、早く、いとも簡単につけれるのか。

 監督の思いが強くて、盛り込みすぎてしまって、時間オーバーで、焦点がぶれて弱くなったんではないかと感じた。

 でも、映画を見てから、動物園に行けば、きっと見方が変わる。そして、動物園が町おこしになり、未来に向かって可能性を含んだ宝箱のような施設だということを行政や、企業や、社会が気づいて、行動を起こすきっかけになればいいと思った。

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盛岡市動物公園にはカバはいなかった!ポスターのカバをサイに

 今年20周年を迎える盛岡市動物公園の記念イヴェントが開かれる。そこで、そのポスターイラストの絵を描かせていただいた。

キャッチコピーは、賢治の「雪渡り」のなかの「キツネ君のところに遊びに行くのかい・ぼくもいきたいなあ」雪原のなかで言うセリフ。

ところが、動物公園は、冬は閉園なので、イメージはそのままで、季節は春夏に。狐のほかに動物園の動物をいっぱい描いて、賑やかなイメージで。という条件。

 さあて、いろいろスケッチをして、試行錯誤の果てようやく描き上げた作品たち。

そのうちの1点が選ばれたが、むむむクレームが。

「カバはいなので、サイにしてね」

さあ、大変。早速原画を持ってきてくださった獣医さん(ナイスでかっこいい!)ふたりでアトリエにこもり、シロサイに変身大作戦を開始!

 鼻を削り、顎を削り、頭がい骨をえぐり、角を立ち上げ、もう、血みどろの大手術。

でも、アフリカの写真集や、図鑑を見ながら一人で描くより、さすが毎日動物を見ている獣医さんといっしょだと質問にすぐ答えてくださって、早い早い。しかも、

「サイの角は高級漢方薬として密売されるから、アフリカでは乱獲されていてねえ。動物園で角を削ってやる時があるのだけれど、これって売れないかなあって思うんだよね」(獣医さん)

「熊胆、鹿角、麝香、ハリネズミの皮って、秘薬として正倉院御物に残っているんですよ」(ちはや)

なあんて密室で二人、怪しい話をしながら。

 絵本作家のあべさんが旭山の飼育係だったのは、きっとさまざまな動物の骨格や生態が頭に入っているからあんなにわかりやすい絵が描けるんだあと実感。わたしももっと動物公園へ通わなければ、と反省。(でも盛岡市さん動物園行きのバス、冬季も時々出してくださいね!車でないといけないのよ)

 大急ぎで仕上がった作品は、印刷所へと持って行かれました。

さて、どんなポスターになるか、お楽しみお楽しみ。3月下旬には、盛岡市内のあちこちに貼られるそうですよ。

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江戸千家のお茶稽古

Kakejiku_in_newyear   床の間というものは、四季の中で暮らす日本の精神世界を凝縮しています。これは、我が家のお正月。

 今日は、茶道のおけいこでした。博物館の学芸員をしていた頃、日本美術の展示の際、茶道の心得がないと、うまく展示できません。美術品を見る目がないと、鑑定もできません。そこで、習い始めた茶道。かれこれ10数年も続けています。最初は、名古屋で表千家を、途中育児でお休みしていたものの、盛岡に来てからは、江戸千家に通っています。

 何度も何度もお手前を忘れては、先生に教えられ、なかなか覚えられません。これで、茶通箱の資格をいただいたなんて、どうしていえようかと思います。でも、最近になって思うのですが、四季それぞれで、お道具も、お花も、飾りも違い、お菓子も、お茶のたて方も違うことに、しみじみと楽しみめばいいのです。暗記しようとせず、からだが、気持ちが感じて、動けば本物でしょう。今日のお稽古では、お茶碗、お茶杓、お茶入れ、掛け軸、お茶花、お菓子にはすべて梅の花のデザインで、取り合わせがされていました。

 「道」とつくものは、終わりがない、精神修行。茶道、華道、香道、柔道、合気道、剣道などなど。死ぬまで続けても、けして終わらないもの。

 毎朝、外からやってくる猫のために置いてある水が、今まで凍っていたのが、今朝は解けていました。ぴちゃぴちゃと野良猫が飲んでいました。

 午前中、お薄のお手前をしていたら、お茶室の屋根から雪解けの水が、鴨居を伝って流れる音がリズミカルにしていました。しゅんしゅんとなる炉のお湯、柄杓で汲んで、茶碗に注ぐと、とろとろと音がして、同じ水でもこんなに違うのかと感心しました。

 私たちは自然の中に生きて、生きかされています。

 もてなしのこころが、茶道の基本。思いやりの心は、さまざまな形で様式美として受け継がれていることを、毎回新鮮な驚きをもって実感しています。

 先生からいただいてきたかわいい黄色い花のみずきと、梅の花を我が家の床の間に生けました。

 掛け軸には、万葉集の梅の歌。

 早春の香り。

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矢巾町での読み聞かせ講習会

 矢巾町田園ホールの研修室で、読み聞かせボランティアの講習会がありました。JA有線放送の取材も入って、夕方街に様子が流れたそうです。

 60名くらいの女性たちの参加者。1時間の講習会で、2回講座。1回目の昨日は、読み聞かせの効用や、やりがい、たのしさのご紹介。

 絵本を通じたコミュニケーションの確かな手ごたえを、声を出したり、体を動かしたりして、実践していただきました。この講座を受けると、明るくなって、老廃物がなくなり、体が引きしまること!皆さん実感なさっていたようです。

 私の手つくりの人形たちも大活躍!皆さん自分でも作ってみたいと手に取って眺めていらっしゃいました。

 次回は2月8日。10時~11時。ご参加無料。はじめての方もOK.お待ちしてまーす!。

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